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私が子どもだったころ、マンガは今ほどメジャーな文化ではなかった。あの手塚治虫も楳図かずおもPTAのやり玉に挙げられたほどである。マンガを禁じられていたため、我が家に遊びに来た時だけ読むことができるという友人もいた。
私たちは「大学生が電車の中でジャンプを読む」と批判された、大人になってもマンガを読むことを止めなかった最初の世代である。

かく言う私も、中学生くらいまで本気でマンガ家になりたいと思っていた。竹宮恵子公認ファンクラブに属するマン研(マンガ研究会)に入って、肉筆回覧誌にマンガを描いていたこともある。
(肉筆回覧誌というのは、現在のようにコピーの手段がなかった時代、生原稿をとじ合わせて本を作り、回覧するというものである。会員が全国にちらばっている場合は、郵送で回覧する)

私がマンガ家を断念するきっかけとなったのは、そのマン研で知り合った同い年の「レイちゃん」という少女だった。竹宮恵子も絶賛する才能の持ち主だったレイちゃんは、大阪の開業医の一人娘で、父親の後を継ぐために医者になるという。今思えば、レイちゃんはずいぶんと大人だった。
「あんなにうまいのに!」と当時の私は愕然としたものだ。そこで一念発起して「吾こそは」とはならないのがいかにも私らしいのだが、なんだか急に熱が冷めたようになり、それ以降はもっぱら読む方専門で現在に至っている。(そう、読んでいるのよ、今も)

そんな私が好きなマンガ家の一人に花郁悠紀子という人がいる。
並々ならぬ才能を感じさせる作家だったが、今から30年前の1980年に急逝した。
まだ26歳の若さだった。

948彼女の存在を知っていたし晩年は注目もしていたけれど、ものすごく好きだったというわけではなかった。
その証拠に、当初持っていたコミックスは引っ越しの度に整理して一時は一冊も残っていなかったのである。

この写真のコミックスは、10年ほど前に古書店で探して購入したもの。
今は文庫本が発行されている。

マンガに限らず、本でも映画でも、若い頃に出会ったものを歳月を経て読み返してみると当時の感動はいずこ?ということがよくある。
また、どの年齢で読んでも、その都度新たな出会いがあることも。

花郁悠紀子の作品はそのどちらとも違う。印象が変わらないのである。
特に遺作となった「緑陰行路」は最も好きな作品である。“緑陰”という言葉は今も私のお気に入りだ。

花郁悠紀子の作品を読むとき、私は青春のなごりを味わっている。